こんにちは、estie(エスティ)VP of Productsのtakuya__kuboです。年の瀬が近づいてまいりましたが皆様いかかお過ごしでしょうか。estieは期末が12月ということもあり、最後の追い込みに向けた活気と1月からスタートする新たな年度への期待が渦巻いている今日この頃です。
さて、代表の平井が書いたブログ【実践編】コンパウンドスタートアップの作り方からスタートした「コンパウンドスタートアップブログシリーズ」もいよいよ最終回を迎え、ラストランナーを担当させていただくことになりました。気持ちよく完走できるように、張り切っていきたいと思います!
コンパウンドスタートアップ戦略を進める中で見えた考え方
今年のpmconf2023の登壇でもお話させていただいたのですが、「コンパウンドスタートアップ戦略」は一般的なスタートアップの方針からするとアンチパターンの宝庫です。
「コンパウンドスタートアップ」という概念自体が日本で提唱されるようになってまだ1年程度であり、現状、十分なプレイブックは存在しません。従来のスタートアップの立ち上げ方やプロダクトマネジメントのセオリーを起点に考えると異質な点が数多くあり、困惑してしまうようなシーンに度々出会います。
estieも、そして私自身も、そういった従来のセオリーとコンパウンドスタートアップを進める上で採らねばならないアンチパターンな選択との間で葛藤を抱きながら進んできました。一方、試行錯誤しながらこの戦略を推進する中で、朧気ながら「コンパウンドスタートアップ戦略ならではのプロダクト投資の考え方」が見えてきましたので、こちらを最終回のブログテーマとしたいと思っています。
それでは、参りましょう!
コンパウンドスタートアップと一般的なスタートアップの考え方のギャップ
様々な記事でも触れられていますが、コンパウンドスタートアップはアーリーフェーズのうちから基盤投資と複数のプロダクトへ投資しており、通常のスタートアップとは大きなギャップが存在します。
また、コンパウンドスタートアップの代表例として語られるRipplingは、HR領域のシリアルアントレプレナーがドメインを理解しつくした上で起業しています。データ領域のモデリングやHRプロダクトに必要となるミドルウェアの定義など解像度の高いプロダクトロードマップを持った上で、連続起業家として実績を評価され、シード期から大型の出資金を集めることでコンパウンドスタートアップを実現しています。
これは多くの日本のスタートアップや起業家ではなかなか実現しえない戦略であると言えます。
岩成のブログで記載されている通り、estieも最初からコンパウンドスタートアップ戦略を採っていたわけではありません。
しかし、創業期から複数のプロダクトに挑戦していたことから、その戦略を採れるポテンシャルは十分に持っていました。また、私が入社してから取締役たちと整理していったプロダクトの構想は、データ-ミドルウェア-アプリケーション群と3層で考えており、照らし合わせるとコンパウンドスタートアップ戦略で実現する要素を兼ね備えたものでした。
創業初期から基盤に投資してきたRipplingに対し、estieは1つ目のプロダクトが立ち上がってきたタイミングで基盤に投資をしているという点で山の登り方は異なりますが、「データ」がプロダクト価値の起点である点や、アーリーフェーズのスタートアップが複数プロダクトを通じて業務や産業に変革を起こすという点で共通性があり、コンパウンドスタートアップ戦略を採用し投資していくことを決めていきました。
一方、この戦略を採ることを決めた瞬間から、1プロダクトに対する「選択と集中」のような方針は選ばない(選べない)ことが決まるため、一般的なスタートアップのプレイブックに囚われず大胆にアンチパターンへ挑む必要が生じます。
私が夏ごろに書いたブログやpmconf2023の発表もそのあたりのアンチパターンへどのように向き合ったかについて述べていますので、よかったら参考にしていただけたらと思います。
estieのマルチプロダクト挑戦への歴史
本題のプロダクト投資の考え方の手前で、estieのプロダクト開発の歴史について簡単に触れておきます。実は、estieはコンパウンドスタートアップ戦略を採る以前である創業初期からマルチプロダクトへの挑戦を続けてきました。公式なリリースタイミングには多少のずれがあっても、2019年から複数のプロダクト開発を並行で行ってきています。
私が入社した2022年の夏頃も、主力プロダクトのestieマーケット調査とは別に新規プロダクトの開発を複数個進めていた他、メンテナンスモードのプロダクトもすでに1つ存在しているなど「シリーズAの調達を終えたばかりの企業なのに大丈夫か?」と思うほど多くのプロダクトを立ち上げていました。
私自身はスタートアップが2社目ということもあり、アーリーフェーズの企業で次々にマルチプロダクトに挑戦できるということは非常に魅力的な環境でした。しかし、それは一般的には合理的とされないやり方であり、なぜこの方針を採ることが出来るのかと疑問に思ったことも事実です。
実際に「なぜ創業当時からマルチプロダクトに着手していたのか」ということを代表の平井と会話していたのですが、それらを紐解いていくと「単一プロダクトで産業を変えられるほど、不動産領域は甘くない」という考えを彼が持っていたことが見えてきました。
平井のプロダクトマネジメントや事業を作るセンスについては他のブログでも書かれているとおり疑義を唱えられていたり(とても風通しがいい笑)、自ら揶揄するシーンもありますが、産業変革に向けたその目線や投資センスがピカイチであることは間違いありません。
このように初期から複数のプロダクトを作ってきたからこそ、スムーズにコンパウンドスタートアップ戦略にシフトすることが出来たという点は事実としてあったかと思います。
一方で、この1年間で見えてきたプロダクト投資の考え方は、もう一歩進んだ先にあったかと思いますので次章でその内容に触れていきたいと思います。
コンパウンドスタートアップを実現するプロダクト投資とは
コンパウンドスタートアップ戦略を推進する上で、私が重要だと考えることは以下の3点です。
- 自分たちのプロダクトが提供するマーケットの範囲を決める
- 数年後のマーケット状態をバックキャストで定める
- 遅すぎる投入タイミングがいつかを想定する
以下にそれぞれの内容を解説していきます!
Where is your market:自分たちのプロダクトが提供するマーケットの範囲を決める
「自分たちのマーケットを決める」と言われると極めて当たり前のことの様に聞こえますが、「真に解像度高くそのスコープが描けているか?」という点が重要です。
例えば我々は「商業用不動産テック」という領域でビジネスをしており、バーティカルゆえに範囲が限られているように見えますが、実際は、「解くべき課題」や「支援する業務領域」、「提供するプロダクト」の範囲は非常に広く、様々な山の登り方が出来てしまいます。(あえてここでは「出来てしまう」と言います)
この「マーケットの範囲を決める」という行為は、自分たちが向き合っているマーケットが、どんなフィールドになっており、どんな投資対象があるかを適切に可視化するものです。いわば戦略を選択・検討する上での「地図」のようなものだと思っていただけると良いかと思います。自分たちが知らない新たな土地に飛び込んでいく際に、概観であっても「地図」があるかないかでその旅の安心感は大きく変わります。
スタートアップを立ち上げた当初からこの「地図」を持っていることは稀です。それこそコンパウンドスタートアップの代表例であるRipplingはHRドメインを知り尽くしていたことから、地図を持っていたと言えるでしょう。多くのスタートアップは途中からこの地図を描くことになります。しかし、そのタイミングが遅すぎるとコンパウンドスタートアップ戦略を採ることは難しくなると思います。このタイミングが遅すぎると基盤やプロダクトへの投資が遅れ、結果的にスケールメリットを得る水準にするには膨大な投資を必要となってしまいます。
もし、コンパウンドスタートアップ戦略を採るのであれば、この地図を早期に見つける必要があります。コンパウンドスタートアップを志向するスタートアップのシード期は、1つ目のプロダクトのPMFを狙うと同時に、この「地図」を作るための探検をすることになるでしょう。
estieでは、下の図のように整理をしています。「売買」「賃貸」「ファイナンス」「経営」という4つの業務領域と、「DaaS」「SaaS」「マーケットプレイス」「ERP」という4つのプロダクトタイプです。
ここに「オフィス」「物流」といった商業施設のアセットタイプが存在しており、それが地図になっていきます。
お察しの通り、estieの地図もまだ完全に完成したわけではありません。ただし、これがあることによってプロダクト投資は格段にやりやすくなりました。
また、この1年の事業運営の中で、ある業務領域に1つのプロダクトが投入されると、その業務領域の解像度が格段に上がり連鎖的に次のプロダクト投資が進められるということがわかっています。実際、23年にestieは売買領域にプロダクト投資を行いましたが、1つ目のプロダクトリリース後矢継ぎ早に新たなプロダクトが生まれています。
estieにおけるこの地図に関しては、私が入社した際に「最初のミッション」と置いて勝手に進めていました。
estieには業界出身メンバーが多く在籍しており、創業初期から複数のプロダクトを開発していたことからそのマーケットの概観が見えていました。そういった意味では、恐らく私が参画しなくてもいずれは何かしらの方向性を持つことが出来ていたでしょう。ただ、そこにドメインに浸かり切っていないプロダクトマネージャーが入ることで、マーケットをシステム思考で捉え、カタチにするスピードが上がったのではないかなと思います。
これらは取締役をはじめ多くのメンバーと議論する中で作っていき、今では各現場で得た知見や気づきを還しながらアップデートし続けています。バージョン管理を怠っていた関係で、もはや今がいくつ目のバージョンかはわからないのですが(オイッ!)、全社で自分たちのこの地図を更新し続けること出来ているという実感があり、それもあって適切なプロダクト投資が出来ていると思います。
estieは23年に賃貸領域から新たな売買領域に進出しました。個人的にですが、「24年はファイナンス領域にチャレンジしたいな」なんてことを思っていたりします。
When is it going?:数年後のマーケット状態をバックキャストで定める
2つ目は「数年後のマーケット状態をバックキャストで定める」です。これは上記の戦略地図を基にしながら「このセグメントでこういった売り上げや顧客価値を提供していく」ということを逆算で考えるというものです。こちらも当たり前のように聞こえるかもしれませんが、ポイントは「今は存在しない事業やオポチュニティ」をベースに考え、現在の地続きで考えないという点にあります。
スタートアップはリーン思考で運営していくこともあり、現在のプロダクトと現在の顧客情報を基にプロダクトを変革し続けるアジャイルなプロセスをとります。これはPMFに向けたプロセスや少ないリソーセスで確かな成功を掴み取るという意味では非常に重要な考え方である一方、「産業変革を興す」という水準の未来を実現するにはこのフレームワークだけでは足りません。本当に大きな変革を興すのであれば、「未来からの逆算」で投資をしていく必要があります。
我々がこれらにどう向き合っているかというと、1年に1回VCの皆様と長期の構想を練る合宿を実施しています。詳しい図解などは共有できないのですが、2030年に向け「どのマーケット(事業セグメント)で」「どんな価値(売り上げ規模)を」提供しているかを経年で書いた線表を書き記しそれを更新し続けています。先ほどの戦略地図を基に「どの事業領域をいつ時点で攻略しているべきか?」ということが可視化されることで、足元の事業には関係のない中長期の投資対象がありありとわかります。
先ほどの戦略地図が「プロダクトや事業の理想形」だとすると、この線表は最終形の中でも優先順位を明確にする「中期のアンカー」になります。これがあることで、我々が直近数年で「外してはいけないピース」が見え、地続きではないプロダクト投資を可能とします。
Decide it's now:遅すぎる投入タイミングがいつかを想定する
最後に「遅すぎる投入タイミングがいつかを想定する」です。スタートアップにおいてオポチュニティはどれも重要であり魅力的に映ります。そのような中で、スムーズに優先順位が付くのであればこれほど簡単なことはありません。実際、estieはその優先順位を付けることが困難だったことから2023年度「すべてが重要であり、優先順位を付けない」という方針を取っていましたが、結果的に事業は急激に前に進みました。
では、そういった環境の下どのような観点で優先順位を付けているかというと、ReturnとEffortの「ROI」ではなく「市場投入タイミングとして遅すぎるのはいつか?手遅れになるのはいつか?」という観点で設定をしています。(もちろんROIが極端に高いものがあれば当然投資はしています。)
これはプロダクトの負債の返し方にも似ていますが、タイミングを遅らせることが可能なものは、出来る限りその時間を遅らせる方針を取っています。解像度が極限まで高ければ、その実現難易度もはっきりしていると同時に、Returnの大きさも明快です。そこまでの水準になるとシンプルなROIで問うていくことができますが、解像度が十分でない場合はReturnの大きさもEffortの大きさも粗い為、結果としてどの事業セグメントも相応にROIが高く見えてしまいます。
そのような観点から、やや逆説的にではありますが、遅すぎる投入タイミングを想定することで、「今やらねばならないもの」を明確にし、取り組んでいます。
また、こういった「いつが遅すぎるタイミングなのか」という議論を密度高く重ねていく中で、事業を取り組んでいく中での依存関係の有無や手前で実現すべき事業要素が見つかっていきます。そういった成果もあり、estieはこの一年間で、その依存関係の整理の中で取り組みを始めた直接は売上に繋がらないオペレーション整備や事業周辺の投資などを行っております。
事業への投資という観点では、コンパウンドスタートアップが最初から長期の目線を持って基盤を作るという考え方に基づいていることもあり、時間軸が非常に長いものになります。estieでも、今足元にないビジネスやプロダクトに投資するという選択、具体的には「直近2年は売上に繋がらないが3年後の大きなビジネスチャンスに投資する」という選択を行ったりもします。
これは、「今の事業に続く2本目の柱を作る」というような生半可なものではなく「うまくいくまでやり続ける投資」であり、足元の事業売上との比較は容易には出来ません。今の事業を大きく超える可能性への投資であり、将来的に絶対に大きくなるマーケットに対して短期的には何の見返りも求めずに行う投資になります。ある種、DCF的に現在価値に割り戻して考えていくことで比較可能だと言えます。
例えば、estieはここ2年様々なピボットを行いながら攻略しようとしているある事業領域とプロダクトがあります。これまで様々な事業ドライバーを定めて検証しているものの、現時点では完全な突破口が見えていない状況です。しかし、それを辞めようという判断には決してなりません。なぜなら、その市場は確実に生まれると信じており、これから何度となくピボットはしても投資を止める判断には決してなりません。それこそ、「投資を止める」という判断は「遅すぎる行為」だからです。
直近も一時期はPMFしそうであるということから「売上」を指標として追っていましたが、もう一度ステップバックして再度PMFのための因子を追う形に変えました。2年投資しても尚これが出来るのは産業変革を迎えた先にある未来を信じており、真に「産業の真価を、さらに拓く。」を追っているからと言えます。このように、コンパウンドスタートアップには「やめない」という覚悟も非常に重要だと思っています。
コンパウンドスタートアップ戦略はプロダクト”投資”戦略である
ここでタイトルの意味に戻ります。ここまでの内容を読んでいただく中ですでにお分かりかもしれませんが、コンパウンドスタートアップ戦略は、プロダクト”投資”戦略だと言えます。
「プロダクトを通じて顧客の課題解決を行う」という前提のプロダクトマネジメントはもとより、「いつ、何に投資をしていくか」と思考する割合が従来型のスタートアップ運営より非常に大きく持たれているというのが私の実感です。
本来、プロダクト開発は「資産」を生み出す行為であることから、こういった投資の考え方は非常に相性がいいものです。資産は必ず将来のキャッシュフローに繋がっていくものであり、その時間軸を念頭に置いた上でプロダクト開発をする必要があるからです。
ただし、こういったポートフォリオマネジメントのケーパビリティは、スタートアップフェーズを抜けた大企業と言われる事業規模になった後に要求されることが多かったと思います。コンパウンドスタートアップ戦略を推進する企業は、その戦略を選択した瞬間からこのポートフォリオマネジメントに関する知見をチーム内で持っている必要があると言えるでしょう。これは極めて難しい要求をされているようにも思います。
estieはどうかというと、組織としてこの辺りのバックグラウンドを強く持っています。経済学ヲタクの代表とスーパーCFOを筆頭に、VPやメンバーの中にも過去スタートアップや各種事業会社で執行役員やCxOというロールで資金調達やファイナンスに関する経験をした頼もしい仲間たちがいます。私自身も前職で代表と一緒に資金調達を経験しており、それらの考え方が今のプロダクト投資判断に生きていると思います。
自分たちの目指す「地図」を作り、そこに向けた「中長期のアンカー」をバックキャストで定め、「今投資するべきもの」を判断する。そして、その前提となるケーパビリティを組織に持たせていくということが、コンパウンドスタートアップのプロダクト”投資”戦略になります。
最後に
ここまでお読みいただきありがとうございました。この1年を経てようやく言語化出来始めた領域ということもあり、やや抽象度の高いお話も多かったかもしれません。一方、この1年で確実にコンパウンドスタートアップ戦略のあり方やプロダクト投資の考え方の解像度は高まってきていると実感しています。
ここで伝えきれなかったことも含め、もしコンパウンドスタートアップやestieに興味を持っていただける方がいらっしゃいましたら、是非カジュアルにお話をさせていただけると幸いです。是非議論を通じて「より大きな産業変革を興すプロダクト開発」について学びを深めていきたいですし、もしestieで働くことにご興味ある方がいらっしゃったら是非選考に進んでくださるとうれしいです。
コンパウンドスタートアップに欠かせないプロダクトのファウンダーになる事業部CPOやコンパウンドスタートアップの基盤を作っていくテクニカルプロダクトマネージャーを募集しています。 (ご興味あられる方は「コンパウンドスタートアップに必要なテクニカルプロダクトマネージャーの正体」も是非読んでみてください)
以上です!また来年お会いしましょう。良いお年をお迎えください。