コンパウンドスタートアップに潜む矛盾と困難、その先に広がる世界

こんにちは!estieでビジネス部門の責任者をやっている束原です。

先週は弊社の代表【実践編】コンパウンドスタートアップの作り方 - estie inside blogという記事を書きましたが、平井が自分の記事を公開した日の夜に「誰か来週俺に続けぇ!」と叫んでいたので、私も最近考えていたことを文章にしてみます。

この記事の内容

  • スタートアップに求められる「フォーカス」とestieが追う「コンパウンド」って矛盾しないの?
  • コンパウンドスタートアップは結局何が難しいの?
  • そんな困難を乗り越えた先にあるものとは?

コンパウンドスタートアップとは何か

詳しい説明は上記平井のブログやその他の素晴らしい記事に委ねますが、コンパウンドスタートアップとは簡単に言えば以下を追い求めるスタートアップだと理解しています。

  1. 初期フェーズから複数プロダクトを同時に立ちあげ、
  2. 相互に連携したプロダクトポートフォリオを構築し、
  3. 顧客に対してそれぞれ単一でサービス提供される時以上の価値を届けること

右がestieのイメージ

国内における分かりやすい例で言うと、ラクスルさんが私の中のマルチプロダクトスタートアップの代表例です。一方のコンパウンドスタートアップは最近流行り始めたワードですが、estieの場合は上記右図のようなイメージを持っています。ちなみに「実はMicrosoftとかは最強のコンパウンド企業だし今に始まったことじゃないよね」という冷静な見方もあるとかないとか。

スタートアップに求められる「フォーカス」とestieの追う「コンパウンド」

さて、過去にコンパウンドな記事をご覧になった読者の皆さんの中にはこう思った人もいるのではないでしょうか?

「スタートアップなのにフォーカスしないの?セオリーに反するのでは?」

私もスタートアップの世界に飛び込んでから「フォーカスせよ」という言葉を死ぬほど聞いてきた人間なので正直不安です。従って、各論に入ってから後戻りがないように、できればこの論点をここで潰したいと思います。

改めて、コンパウンドスタートアップという言葉が声高に叫ばれる(我々も叫んでいる)ようになった歴史的な背景として、シリアルな起業家が創業初期から大型資本を集めることができるようになった(できた)環境要因や、そもそもシングルSaaSが乱立した結果、新興SaaS企業にとっての参入角度がなくなり、新たな戦略が必要になったこと等が挙げられます。とはいえ「フォーカス」という命題を反証する内容は殆ど見たことがありません。

必死になって探したのですが、OpenAIのサムアルトマンがかつて書いたStartup Playbook (PART IV: EXECUTION)の中で彼もこう言っています。

If I had to distill my advice about how to operate down to only two words, I’d pick focus and intensity.


めっっっちゃ「focus」って言ってますね、これはやばそうです。サムアルトマンのアドバイスに反しているとすればかなりドキドキします。

しかしながら、「フォーカスせよ」と言ってもその結果何を得たいのかを理解せずに鵜呑みにするのはやめ、少しその真意を掘り下げてみました。

達成したいことは「フォーカスすること」ではなく「スピードを出すこと」

サムさんの言っていることを要約すると、大きく以下のことを言っていました(ちょっと意訳しますが)。

  • 個人のマルチタスクは生産性を損ねるからやめろ。あとイベントに登壇するな(You can do far fewer things than you think.)
  • 全部やろうとするな。沢山Noと言え(Don’t try to do everything. Say “No” a lot.)
  • 最初のことをやり遂げる前に二つ目のことを始めるな(Don’t let your company start doing the next thing until you’ve dominated the first thing.)

ずっと同じことを言ってますね笑

要は①誰に、②何の目的で、③何を言っているかというと、①創業初期の起業家に対して、②最速のスピードを出すために、③君が一度にできることなんて限られているから意識や時間を分散させるな。と言っているわけですね。

つまり、大事なのはスピードを追求せよということで、いかなる時も会社のリソースを一ヵ所に集中しろということを言っているわけではなさそうです(安心しました)。

ただし重要な点として、「first thingをやり遂げるまでは次のことをするな」ということを言っています。「要はタイミングの問題だよね」と言えばこの話はそこで終了なのですが、サムさんの指摘は私も激しく同意でして、estieにとってのfirst thingは、estie マーケット調査という強固なデータ基盤プロダクトを一所懸命に作り上げることでした。

実際、このプロダクトを作るには当時のチーム全員の時間と脳みそをフル集中させて3年という歳月をかけましたし、数々のドラマを乗り越えて立ち上げたこのプロダクトがあるからこそ、次のプロダクトを立ち上げる際に、0から行う場合の1/3(場合によっては1/5)以下の時間軸で立ち上げることができます。

このプロダクト抜きで「よっしゃコンパウンドいくぞ!!」と叫ぶイメージは正直全くつきません。

estieにとってのスピード(コンパウンドとフォーカスは両立する)

ではfirst thingの次の展開を迎えようとしているestieが、更に成長スピードを上げるための最重要ドライバーはなんでしょう。

それは、今向き合っているお客さんが求めるプロダクトを、最速で、同時に作ることです。

営業人員を大量に採用することでも、マーケティングを踏むことでもありません。目の前のお客さんが求めるもの(顕在化しているものも、潜在的なものも)を最速で、同時に作ることです。幸いにもestieは、最初のプロダクトを通じてとてもいいポジショニングを築くことができたと考えており、マーケットの上下・左右・前後、どこを見渡してもめちゃくちゃ面白い世界が広がっています。

そして、それらを最速で作るためのKSFとして、チームは小さければ小さいほどいいと信じています。

私個人の経験としても、一つの製品を作るチームが4人からたった8人まで増えただけで、チームとして十分なスピードを保つ難易度は格段に上がります。一つの事業作りにおいて並列処理できるタスクは自分が思っていたほど多くなく、また意思の伝達にかかるコストも予想している以上に重いです。

従って、estieは会社全体が「実現したいPurpose」という共通の目的に向かって集中していれば、足元で一人ひとりの意識は分散していて構わないと考えています。

むしろ全体の意識はあえて分散→集中させて、各個人に隣の島に関する認知負荷をかけないアプローチをとります。

estieでは社内の各所で祭りが起こっています

勿論、これは全ての企業に適用できるわけではありません。例えばQRコード決済における覇権争いの中で販促費をはじめとした投資を分散させることは絶対できないでしょう。KPIを一点に絞り、その一点において生きるか死ぬかの戦いに全てを投下することが求めらることと思います。

また、カリスマ経営者がいる会社や、採用力に自信のない会社にもあまりおススメできません。estieのアプローチは権限移譲とセットであり、特定領域において経営者よりも強力な”創業者”を社内に複数作ってしまうことでこれを可能にしています。このブログにも自分で書いていますが、弊社はたまたま平井の事業を作るセンスがやや微妙だったために、上記図のような、各所で祭りが発生する状態を実現できています。

他方注意点として補足をすると、サムさんも書いている通り経営者または経営チームとして、沢山「No」と言えることは引き続きマスト要件です。estieにおいても、既に6つのプロダクトを展開していますが(そろそろ8つくらいになりそうですが)、これは過去から現在にかけて検討した100件近い案件(誘惑)にNoと言った結果の6つです。平井の事業を作るセンスはお察しかもしれませんが、投資判断のセンスにはたまに驚かされます。

待ち受ける困難

さて、コンパウンドな戦略として分散からフォーカスを生み出し、スピードを上げることで、優れたプロダクトを同時多発的に生み出す果実が得られそうなことは分かりました。

他方で、当然難しさがあるのでそこにも触れていきましょう。

ここでは、estieのビジネス部門がどのような思想でどんな組織設計をとっているのかに触れ、その中で日々向き合っている困難を書いていきます。(ちなみに、この設計は何も私が考えたわけではなく、数々の先輩経営者の知見を参考にさせて頂いています!)

結論から言うとestieはマルチプロダクトをスピーディかつ同時多発的に作り出すために、事業部制を採用しており、そこでは製販一体型の組織として一つの会社のように動きます。そうすることで大半の意思決定がその事業部内で完結し、あらゆるスピードが上がります。

スモールチームを作ってあちこちで「スタートアップ(祭り)」をやってもらう。ここまではめちゃくちゃ良さそうですね。

顧客組織をどう持つのか問題

しかし、コンパウンドスタートアップを、特にVerticalの領域でやろうとすると問題が起きます。

「沢山作ったはいいけど、提供先は同じお客さんじゃないか」と。

これは結構困ったことになります。完全に縦にぶった切ってしまえば物事はめちゃくちゃシンプルで、KPIの設計も楽ちんなのですが、最終的に提供するお客さんが一緒なのでチームを縦にぶった切ることができません。

これに対する現時点での答えとして、我々の場合はそこを結ぶAccount Manager(通称AM)を組織横断型のチームとして配置しています。

この場合、Salesは「自分が担当するプロダクトを営業すること」に全フォーカスするのですが、AMは「顧客が抱える事業課題」に全フォーカスします。AMがお客様各社の抱える課題またはビジョンを、部署単位どころか人単位で特定し、その解決方法を日々思案することにより、普通では考えられないスピードのクロスセルが実現します。

私の知っている限りでは、初期から顧客横断組織を作っているスタートアップは殆どなく、CS組織も完全に縦に切っているケース(上記図の左)が大半でした。ARRが百億を超えるような会社が「ここからクロスセルを最適化していく」と仰っているケースを最近よく聞きます。

しかしestieの場合はやや状況が異なり、初期からお客様の大半がエンタープライズであったこともあり、この体制がベストだと判断しました。ご参考までにアカウントマネージャーの説明文を以下に貼っておきます。

採用で使っている資料抜粋

正直採用はめちゃくちゃ大変です。

上記が担える人を探すことも大変ですし、採用した人達が、日々成長し続ける全てのプロダクトにキャッチアップし続けることも困難です。

他方で、ここがVertical Compoundの面白いところなのですが、お客様の事業課題や経営課題を起点にすると、全てのプロダクトが「それを解決するためのソリューション」という一本の線で繋がり、Whole Productへと姿を変えます。

英単語をそれ単体ではなく例文で覚えた方が分かりやすいのと同じ感覚で、お客様の事業課題起点で全てのプロダクトを見渡すことができれば、むしろキャッチアップをするどころか、AMが先読みして次に作るべきプロダクトを特定する状態を作ることができます(実際最近そうなってきてます)。

プロダクトの統合問題

ビジネスサイド的な難しさ(面白さ)は上述の通りですが、それと同じくらいかそれ以上難しいのはこちらかもしれません。

勘のいい方はお気づきのように、estieは「最初は分散させる」という選択をとっているため、この先ではプロダクトやチームの統合がじゃんじゃか待っています。

これもめちゃくちゃ難易度が高い(面白い)テーマであり、実際estieは既にそのための手を打ち始めています。(その内の一つがCTO岩成が書いたこの記事の内容ですね kenkooooが1人目のスタッフエンジニアに就任しました - estie inside blog

詳しい話は恐らく岩成かVPoPの久保が別のブログでするでしょうから、ここは彼らに任せましょう笑

多くの困難を乗り越えた先にあるもの

最後に、一番重要な点として、こんなに大変でリスクのありそうなコンパウンドを何故やるのか。

私はestieがコンパウンドを追求した先にお客様にご提供できることは、大きく3点あると考えています。一般的に言われるのが最初の2つだと思うのですが、estieは3点目が面白いので是非あと少しお付き合い下さい。

①速さ(Speed)
②統合(Integration)
③未来予測(Anticipation)

一つ目は「スピード」です。これは上述した通りで、コンパウンドスタートアップの最初の壁を乗り越えると、圧倒的なスピードが生まれることを最近は毎日のように感じます。そのための基盤づくりをestieではデータチームやそれこそスタッフエンジニアのKenkooooが担ってくれており、営業やお客様を担当する私としては本当に毎日驚かされています。お客さんにも驚き、喜んで頂くことができるので、SalesやAMとしてのやりがいもひとしおです。

次に二点目の「統合」こそ、全てのコンパウンドスタートアップが目指す「お客様に届けたいもの」でしょう。当たり前ですがコンパウンド戦略は手段であって目的ではありません。インテグレーションにより「究極の便利さ」を提供する。これが叶うとどんな競合も圧倒してしまうため、やはりめちゃくちゃ難しいですが、とても夢のある戦略です。

そしてestieにおいて更に最高なのが③の「未来予測」による価値貢献です。これは究極の便利さを超えます。私は海外のコンパウンドスタートアップの事例全てを網羅したわけではありませんが、estieが世界を見渡しても一際面白いと思っている理由はここに詰まっています。

上記に貼ったアカウントマネージャーの説明にも記載がある通り、我々のミッションは「便利さを届けること」ではなく、「お客様の収益を最大化」し、それを通して産業の真価を拓くことです。これがVerticalの醍醐味です。

以前別のブログにも書いたのですが、不動産は「データ」という資産が持つ重要性とそのインパクトが最も大きい産業の一つだと考えており、我々の持つ何千種類というデータと、お客様の持つデータを融合することで、我々のお客様は未来を見渡すことが極限まで可能になり、世界で最もデータ活用が得意な不動産会社・投資家になれると考えています。

今の自分達では想像もし得ないようなデータの掛け合わせで、お客さんに新たなソリューション・新たな価値を届けることができるようになると思うと、それは社内の各所で祭りが起きても然るべきだよな、と最近そんな風に考えています。

終わりに

長くなってしまいましたが、最後までご覧いただき有難うございました。

色々と書いてきましたが国内のコンパウンドスタートアップは本当に黎明期だと思うので、引き続き悪戦苦闘しながら、スタートアップ全体で学びをシェアし、より盛り上げていくことができたらと考えています。特にコンパウンドはシリアル起業家がやるのが定石と言われれることがありますが、estieは弱小一周目集団なので、学習スピードが命です。 リスクは大きいですが、それくらい追求する価値のある戦い方だと信じています。

また上述の通り、estieの採用は本当に大変なので、是非これを読んで少しでも「面白そうじゃん」と思った方がいれば、カジュアル面談フォーム からでも 束原のXにでも直接ご連絡下さい!(キャリアチェンジを考えていなくても、最初は事業やコンパウンドに関するディスカッションでも勿論大丈夫です!)

一緒に最高のサービス、最高のコンパウンド事業を作りましょう!

© 2019- estie, inc.