こんにちは、estie CTOのNari(@tiwanari)です。新オフィスに先日移転してものすごくテンションあがってます!X(旧Twitter)で雑に声がけしてイベントをやっていたりするので、ぜひ遊びにきてください!
問:「estieは本当にコンパウンドスタートアップなのか?」
さて、平井の【実践編】コンパウンドスタートアップの作り方で始まったコンパウンドスタートアップシリーズですが、この”コンパウンドスタートアップ”という名称はつい最近日本で使われ始めたものです。
12月11日のオフィス移転日にちょうど5周年を迎えたestieも「よっしゃ、コンパウンドスタートアップ戦略でいくぜ!」と最初から事業をスタートさせたわけではもちろんありません。また、その定義・解釈も人によって異なり、「この会社はコンパウンドスタートアップの代表例」とか、「いやいや、この会社はコンパウンドスタートアップじゃない」とか、様々な媒体で見聞きするようになりました。
この記事では「estieは本当にコンパウンドスタートアップなのか?」という問いを深ぼってみることで、実例を通して”コンパウンドスタートアップ”を理解することにつながればと思います。行ってみましょう…!
観点①:目指している事業
振り返ってみれば、estieがマルチプロダクト戦略を実行に移し、大々的に宣言したのは2022年1月のシリーズAのタイミングであり、当時の平井のブログでは”estie流のマルチプロダクト戦略”と言っていました。
実はその頃には「新規プロダクト開発に取り組んで撤退するまで」という失敗を私も当事者として経験していました。やや抽象的な話になりますが、その新規プロダクトは「産業の真価を、さらに拓く。」というestieのPurpose実現のために必要不可欠であることが見えていたため、「我々は1つのプロダクトでは終わらない」ということはすでに社内の共通認識となっていました。また、撤退はしたものの、そのときの事業・プロダクト・組織の学びはestieに還元され、現在非公開の新規事業部につながったことで、点が線になっていきます。
そして、estieが追い求める「Whole Product構想」-マルチプロダクト戦略から1年後の今-で書かれているように、2022年8月に入社したVP of Productsの久保がマルチプロダクト戦略を”Whole Product構想”に昇華してくれたことで、どのような順番で事業・プロダクトを開発していくかを議論できる地図を手にすることができました。
我々が”コンパウンドスタートアップ”という言葉やRippling社のことを知ったのは、Whole Product構想をおおよそ形作った後の2022年12月頭で、そのときは「今まで体験してきたことがめちゃくちゃ整理・言語化されている…!」とみんなで驚いたのを覚えています。
そこで得られたヒントを踏まえ、我々のコアデータは今は物件で、将来的には土地になるということや、物件に募集やテナントなどのデータが紐づくことで新しいプロダクトの種ができるという整理ができたことで、下図のような全体像を描くことができ、マルチプロダクト戦略で線になってきたものがWhole Product構想で面になっていったわけです。
整理の結果として得られたものは、コアデータと共通ミドルウェアを持ち、その上にプロダクトが次々にできて繋がるコンパウンドスタートアップのプロダクト戦略そのものでした。
コンパウンドスタートアップの定義に立ち返ると「相互に連携した製品ポートフォリオを構築するために、幅広いポイントソリューションを同時に立ち上げる企業である」であり、以下の3つのポイントが価値を産みます。
- バンドル化:より多くの価値をコスト効率よく届ける
- 連携:複数プロダクトがつながりで価値を生む
- 並列開発:同時多発的に複数の価値を生み出す
今振り返ってみれば、estieのように業界特化型のtoB事業は顧客企業数が限られるために各顧客企業からの収益を大きくしていく必要があり、複数部署などに展開できるマルチプロダクト戦略は必然性があるものでした。
そして、業界特化だからこそ、異なる業務をサポートする複数のプロダクトを”バンドル化”して提供しやすく、業務間のデータの流れを滑らかにする”連携”を行うコンパウンドスタートアップのモデルが効果的だったわけです。加えて、創業当初から様々なプロダクト開発にチャレンジしてきた組織文化と個々の力の強さがコンパウンドスタートアップを実現するための”並列開発”を支えています。
観点②:これまでの成長戦略
さて、目指すべき事業はコンパウンドスタートアップのモデルがマッチするものだということはわかりました。では、コンパウンドスタートアップという言葉を生んだRipplingと同じ戦略を我々は実行してきたのでしょうか。
すでに気づいている方も多いと思いますが、上記のように少しずつ目指すものがコンパウンドスタートアップだとわかってきたということは、Ripplingの成長戦略である巨額の投資を受けて、最初にデータ・ミドルウェア基盤の構築に数年かけるという道は辿っていないことがわかります。
estieのような連続起業家が始めたわけではないスタートアップでは、何年もステルスで準備できないのは仕方がありません。また、各事業が伸びなければ連携しても意味がありませんし、システム開発の観点からも複数の実例を見てから共通となるコアを作らなければ早すぎる最適化になってしまいます。
その考えが色濃く出ているのがestieでの優先順位の決め方で、複数事業部に分かれる際によく出た「どの事業部が会社として一番優先順位が高いのか」という質問には「全事業部が最優先!」と常に返していました。
これは一種の思考放棄のように感じられますが、各事業部に意思決定を任せてスピードを出すフェーズでは、別の事業部との優先順位を比較することに意味はなく、各メンバーは所属事業部が最優先だと思って動くことが一番だったわけです。
そんな「それぞれがとにかく早く進め!」という状況でも、複数事業部で使うデータについては、比較的早い昨年11月から横断組織化を進め、コンパウンドスタートアップを目指す estie のデータ基盤の現状で和田が描いているようにSnowflakeをベースとした堅牢で柔軟性のあるデータ基盤が構築されてきています。
それに対して、コンパウンドスタートアップを支えるもう一つの基盤であるミドルウェア領域は、事業部ごとに進めるスピードを保つことと、共通コンポーネントの設計に活かす事例を集めるために、あえて後回しにする作戦をとっていました。
先日行われたALL STAR SAAS CONFERENCE 2023で、Rippling COOのMattが「コンパウンドスタートアップは、プロダクトがスーパーパワー(コアデータ・ミドルウェアコンポーネント)を共有している会社」ということを言っていましたが、estieはその”スーパーパワー”となる基盤構築をこれまで劣後させて各事業を高速に成長させてきたという観点からすると、その定義からは外れるわけです。
で、結局どっちなの?
ここまで「estieは本当にコンパウンドスタートアップなのか?」という問について深掘ってきましたが、まとめるとestieが目指す事業はコンパウンドスタートアップといえるが、コンパウンドスタートアップという言葉を生んだRipplingのように、基盤となるデータ・ミドルウェアを構築してからプロダクト群を立ち上げる成長戦略は採らなかった(というより採れなかった)と言えます。
つまり、そう言える部分もあれば、そう言えない部分もあるわけですが、
- そう言える部分は「estieが目指している姿」
- そう言えない部分は「estieが目指している姿と現状とのギャップ」
と整理できます。
ここまで話をしてきてちゃぶ台がえしになりますが、私の結論としては「コンパウンドスタートアップといえるかどうかは定義次第」です。
こんなことを言うと、「これまでの話は無駄なのか」と思われるかもしれませんが、そうではありません。
そもそも戦略は1つの勝ちパターンを表すものであり、その前提に成したいコトがあります。estieの場合はそれが「産業の真価を、さらに拓く。」というPurposeであり、「Purpose実現のためにはコンパウンドスタートアップを目指すことが一番良い」と判断したのであれば、「コンパウンドスタートアップかどうか」よりも「コンパウンドスタートアップという新しい定石を踏むには何が必要か」を考えることのほうがはるかに重要です。
我々は最初から目指さなくても方向転換してコンパウンドスタートアップ戦略を採ることができると考えており、上記の観察では「estieが目指している姿と現状とのギャップ」を見ることで、定石を踏むために必要なピースがまだ欠けていることがわかりました。そのギャップを埋めていくことが、これからの作戦の1つになります。
埋めないといけないギャップと技術課題
さて、今回赤裸々にお話しているまだ全然できていない基盤部分ですが、これは束原がコンパウンドスタートアップに潜む矛盾と困難、その先に広がる世界で取り上げていたプロダクトの統合の問題に対応します。
記事では、「詳しい話は恐らく岩成かVPoPの久保が別のブログでするでしょうから、ここは彼らに任せましょう笑」と丸投げ良いパスをもらっているので、ここで少しだけこれまでとこれからの取り組みを見てみましょう。
これまでの取り組み - Unlockチーム
先に組織の話になるのですが、実をいうとコンパウンドスタートアップの話が出る前に、プロダクトの統合・連携を含む、プロダクトとプロダクトの間に落ちるような課題に取り組むことを目的として、Unlockというチームを2022年4月に発足させました。この「Unlock」という名前は、estieの「産業の真価を、さらに拓く。(To unlock the value of the real economy.)」をもじった「To unlock the value of estie.」をミッションとすることから来ています。
このチームは「こちらのプロダクトでログインしたのに、あちらのプロダクトでもまたログインが必要だったら体験が悪い」というわかりやすいペインを解決する認証・認可の概念整理から始めて、プロダクト間のデータの流れをどう実現するかというコンパウンドスタートアップならではの設計課題にも取り組んでいました。
そして、今年はVPoE 青木信とVPoP 久保がこのチームのリードを引き継いでくれて、スタッフエンジニアのkenkooooを中心に5分で新規プロダクトが立ち上がるようにするというコンセプトのDonbeiというアプリケーションを作るなど、各プロダクトが早く立ち上がる基盤・ツールを整えることに挑戦していました。
しかし、事業成長のスピードを重視しているため、開発部門という職能軸のまとまりはありつつもすべての開発メンバーがどこかの事業部に所属する形をとっており、Unlockは事業部メンバーが兼務で進めてきました。また、これまではどちらかというとプロダクト統合よりも、各プロダクトを強化することのほうに重きがありました。
これからの取り組み - マルチプロダクト戦略のスケール化
複数の事業部が立ち上がり始めた中、私が今一番考えていることは「マルチプロダクト戦略のスケール化」です。
estieのValueの一つであるジブンドリブンに基づいて、上記の認証・認可基盤だけでなく、VP of Designの荒井やDesign Engineerのkynocyがコンパウンドスタートアップのプロダクト開発を支えるDesignOpsで取り上げていたデザインシステムなどの試みが自発的に起こり始めていますが、今はまだ新しいプロダクトを作るたびに大きな労力がかかり、コンパウンドスタートアップのコンパウンド(複利)効果がまだまだ薄い状況です。
estieは事業軸と職能軸のマトリクス組織のようになっていますが、事業軸 vs. 職能軸の対立関係ではなく、事業部制の良さである”スピード”を損ねないどころか加速させる”スケール”をミッションとする職能軸の横断チームが間違いなく必要で、これは「ミドルウェア基盤」というくくりだけでなく、ブランディングや顧客体験、プラクティス、組織といった幅広いトピックに対して適応されます。
これに関連して、各事業のドメインが深く、プロダクト連携が複雑になり得るestieがコンパウンドスタートアップを目指すには、システム間連携だけでなくチーム間連携でも注意深い設計が必要不可欠です。その意味で、コンパウンドスタートアップの成功の鍵は(開発チームだけでなく全社での)コミュニケーション設計にあり、コンウェイの法則に基づくチームトポロジーの考え方を部門・事業部問わず上手く適用しながら、事業・組織・システムのアーキテクチャを考えることが欠かせないと思っています。
これも複数事業部ができてきてフェーズが進んだestieだからこそ直面している興味深い課題の一つですね(また記事にしてみようと思います)。
Help Wanted!
データ基盤を除けば横断チームに専任メンバーがほぼいないのは実はまだ変わっていません。以前kenkooooが1人目のスタッフエンジニアに就任しましたで紹介したスタッフエンジニアの仕組みで横断で動く人が増えてきていますが、横断チーム専任なのは私だけであり、一緒に働いてくれる仲間が必要です!
先日開発メンバーで集まって書き出してみた技術課題だけでも30個以上のトピックがあり、まだない技術基盤を楽しんで作ってくださる方を絶賛募集しています。
例えば、「あるプロダクトでの”物件”が、違うプロダクトでは全く違う属性を持つ」という現実の問題に柔軟に対応できるモデリングの技術があったり、プロダクト間でのAPIを設計・実装できたりする技術力のあるメンバーがいれば、事業が早く伸びると信じています。
ぜひシニアソフトウェアエンジニアに応募してください!ここから、2人目、3人目とスタッフエンジニアが増えていくことが確実に会社を大きく成長させることに繋がりますし、それが明確に見えている会社はなかなかないと思います。
そして、そのような多数の難しい課題をどのように解いてコンパウンドスタートアップに近づいていくかを考えられるのが、コンパウンドスタートアップに不可欠な「テクニカルプロダクトマネージャー」の正体で紹介されている テクニカルプロダクトマネージャー の楽しさです。
明言しておくと、私は各事業でプロダクトを作り大きくしていくことは、ものすごく尊いことだと思っています。そして、各事業を助け、会社を大きく成長させるためにめちゃくちゃレバレッジが効くのがこの横断チームです。基盤という会社の「当たり前基準」を一緒に高め、面白い会社を作ることに興味がある方はカジュアル面談フォームからか、kenkooooや岩成のXに直接ご連絡ください!
2024年からもっともっと楽しくなるのがestieです。一緒にまだ見たことない会社を作りましょう。