【実践編】コンパウンドスタートアップの作り方

はじめまして!株式会社estie(エスティ)代表の平井と申します。今日のテーマは、巷で話題の「コンパウンドスタートアップ」です。その定義や考え方については多くの人が解説をしているため理解が進んでいると思います。では実際にどうやってコンパウンドスタートアップを作ればいいのか、実際にチャレンジしているestieの実例を交えて解説してみたいと思います。

コンパウンドスタートアップ戦略を軌道に乗せるための事業・組織構造や実際のトライ&エラーに興味があるスタートアップ経営者の方、事業責任者の方、投資家の方はぜひご覧ください!

そもそもコンパウンドスタートアップとは?

まずコンパウンド ( Compound ) とは、「複数の部品からなる」といった意味や「複利」といった意味を持ちます。コンパウンドスタートアップの代表格であるRippling CEOのParker Conrad氏は、コンパウンドスタートアップを「相互に連携した製品ポートフォリオを構築するために、幅広いポイントソリューションを同時に立ち上げる企業である」と定義しています。

ポイントソリューションとは、解決したい課題ごとに分解(アンバンドル化)された一つの価値(バリュープロポジション)を持つ製品・解決策のことであり、従来型のスタートアップが集中して向き合っていたそれです。コンパウンドスタートアップとは、文字通り複数のポイントソリューションを同時に作り上げる事業戦略ということがわかります。

ただしそれだけでは不十分で、「相互に連携した製品ポートフォリオを構築する」という目的が重要です。コンパウンドスタートアップ戦略は単なるマルチプロダクト戦略ではなく、一連の関連した顧客課題を解決するソリューション群に力点が置かれています。

www.rippling.com

それでは、コンパウンドスタートアップを構築するにあたり重要な点はなんでしょうか?Rippling CEOのParker Conrad氏は以下の3つのポイントが重要だと説明しています。

INTEGRATION:
シームレスな統合は、クライアントにとってシステムの複雑さが軽減され、クライアントにとって共通の UX となり、同じことを繰り返す必要がなくなることを意味します。 一度構築してさらに深く構築する方法を見つければ、どこでも再利用できます。

BUNDLE SKUs:
バンドルの価格を最大化しますが、各 SKU の価格は安くします。 販売およびマーケティング(およびある程度は研究開発)コストは、複数の製品にわたって償却されます。

PARALLELIZE EXECUTION:
並行して実行できるように会社を組織します。 ビジネスユニットと 機能的な調整。 個々の製品を独立して実行するには、製品所有者、元創設者、起業家タイプのリーダーが必要です。

Rippling CEO Parker Conrad's Theory of the Compound Startup

ここからは、estieが実際にどのような戦略でコンパウンドスタートアップを作り上げようとしているか、解説したいと思います!

なぜestieはコンパウンドスタートアップを目指しているのか?

estieは「産業の真価を、さらに拓く。」ことを目指すスタートアップです。人間が生産活動を行う上で必ず必要となる商業用不動産のデータ・業務インフラを構築することで、集積する企業の生産性を向上させ、強い都市・地域を作り、発展し続ける経済の基礎を支えることを目指しています。

この起点になるのが業界の情報流通構造の変革であり、用地取得・開発・賃貸・管理・売買といった不動産業の各フェーズでシームレスな業務プロセス、データフローを実現する必要があります。この点で、複数プロダクトの立ち上げと基盤データの構築が必要不可欠な企業体であり、2022年1月のシリーズA調達時からコンパウンドスタートアップを志向しています(当時はコンパウンドスタートアップという用語が一般的ではなく、マルチプロダクト戦略と呼んでいました)。

さて、コンパウンドスタートアップを作るにあたって重要になる3点は、Rippling CEOのParker Conrad氏によると以下のとおりでした。

まず第一にIntegration。顧客にとって単に使うツールが一つ増えるだけでは、複雑性が増してしまいます。顧客にとって一連の業務課題をシームレスに解決すること、それこそがコンパウンドスタートアップが目指すべきマルチプロダクトの理想系です。

第二に複数SKUsのバンドル販売。顧客は常により良い課題解決方法をより安い価格で探しています。コンパウンドスタートアップは、単一プロダクトを提供する競合よりも一つのソリューションに限れば安い価格でサービス提供できるはずです。しかし複数プロダクトを同時に利用していただくため、合計の売上はシングルプロダクトの競合よりも高くなります。

第三に並列での事業遂行です。これまでのスタートアップ戦略では、狭い領域にフォーカスすることが重視されてきました。コンパウンドスタートアップでは、これを複数プロダクトについて同時多発的に行っていくことを目指します。そして、チャンドラーの唱えた「組織は戦略に従う」という概念、また逆にソフトウェアは組織の形に従って設計されるというコンウェイの法則などによってもわかるように、コンパウンドスタートアップにとってはそれを実現する組織戦略が一際重要と言えます。

それでは、estieがこれらに従ってどのようにコンパウンドスタートアップを構築しているのか見ていきましょう!

やっとスタートラインに立ったestieのコンパウンドスタートアップ戦略

そもそも、estieがどのようにコンパウンドスタートアップ戦略を遂行しているかを語る前に、どのような事業状況なのかを簡単にご紹介します。まずestieは商業用不動産を大きく賃貸・売買・ファイナンスの3領域に切り分け、Platform・Middleware・DaaS・SaaS・Marketplace・ERPの6つの製品群を通じてコンパウンドスタートアップを構築しようとしています。具体的には、2020年から運営している「estie マーケット調査」というプロダクトに加えて、2023年に入ってから公表した「estie 物件売買」「estie 案件管理」のほか未公表を含めた計6つのプロダクト・機能を提供しています。

公表済みの「estie マーケット調査」「estie 物件売買」「estie 案件管理」を含めた6つのプロダクトはおかげさまでお客様に受け入れられて急成長を遂げており、今後コンパウンドスタートアップとして複利で事業成長を実現するスタートラインに立った状態と言えます。実際に、2023年10月18日にリリースした2つ目のプロダクトである「estie 物件売買」は、1つ目のプロダクトである「estie マーケット調査」のローンチ直後を上回るペースで成長を続けています。

ここからはRipplingに倣い、コンパウンドスタートアップ戦略に重要な3つのポイントに沿ってestieの具体的な試行錯誤をご紹介させてください。

Integration: 繋がりで価値を生め!

コンパウンドスタートアップ戦略に重要な一つ目はインテグレーションです。この目的は先ほども述べたように「顧客が一連の課題を解決するために必要となるソリューション群を用意するため」でした。複数プロダクトを作る難しさよりも、一連の業務課題を特定する難しさに注目する必要があります。当社の場合はオフィス賃貸を行う不動産会社にとって必要な市場調査機能のために「estie マーケット調査」を提供していましたが、隣接業務の課題を本当の意味で理解するのは簡単ではありません。

実際に僕自身創業以来、創業社長として意気込んで始めたプロダクトで3回以上を撤退を経験しています。(僕個人のセンスのなさは棚に上げますが笑)新卒から不動産業界で働き、顧客の業務や業界の構造をよく理解していたつもりだったにもかかわらず、結果から言うと全くだめでした。プロダクトというものは広まった後では「絶対必要だよね」「当たり前だよね」と言われますが、顧客課題に突き刺さるプロダクトをゼロから作るのはどこの世界でも簡単ではありません。

では今のestieはどのようにコンパウンドスタートアップとして、一連の課題を解決するために必要となるソリューション群を開発できているのでしょうか。答えはシンプルで「現場、現場、現場」です。既存顧客へのヒアリングはもちろん、今はないプロダクトの営業活動や、顧客業務改善のためのコンサル受注など、できることはなんでもやります。役職・役割を問わず、顧客の現場に行き、一次情報を得ることでしか課題は見つかりません。

また、当社の場合はestie マーケット調査を導入し、満足していただいたお客様から「estieさん、他の領域もやってよ!例えば〇〇とか」といった具合に直接的にニーズのお声をいただくケースがとても多いです。最初から壮大な事業計画を作ることができなくても、愚直に顧客ニーズに応える形でマルチプロダクトを進めていくことから、コンパウンドスタートアップの第一歩を踏み出せる事例だと思います。もちろん、一つ目のプロダクトでお客様の期待値を超えて信頼をしていただく必要があることは言わずもがなです。

プロダクト開発においては、Ripplingにおける従業員マスタデータのような共通のデータがコンパウンドスタートアップの肝になります。estieのプロダクト群は、共通の建物データ(物件名、所在地、スペックなど)と地理データ(都道府県、駅・路線など)や認証認可の仕組みなどが全社基盤として存在し、顧客へのシームレスな体験を提供しつつ、新規プロダクトの開発スピードを早めることにも寄与しています。

Bundle SKUs: 顧客にとっては安く、会社にとっては最大限!

言うまでもなく、コンパウンドスタートアップであろうと他の戦略であろうと、ビジネスの基本は良い商品を適正な価格で顧客に提供することです。特にSaaS企業の場合、顧客は思ったよりも多くの製品を業務で活用しているものです。例えば不動産業界の場合は、まずはOffice365を使い、それに加えてSalesforceやJ-REITのデータベースなど、様々な会社にバラバラにお金を払って業務を成り立たせています。

Integrationの項目で述べたように、コンパウンドスタートアップの肝は、いかに一連の課題、すなわち複数領域に跨ったお客様の深いペインを解決できるかです。単体プロダクトを積み重ねて、APIやRPAによって無理やり統合するよりも、1社でバンドルされたプロダクト群を提供する方が遥かに安いコストで業務課題を解決できます。実際に3つ目のプロダクトである「estie 案件管理」は完全無料で提供しています。もちろん浮いた予算で他のプロダクトをご導入いただく狙いがあるのですが、まず当社のプロダクトの品質に触れていただくという目的でこういった思い切った価格設定をできるのも、コンパウンドスタートアップ戦略のメリットだと考えています。

個別プロダクトをバンドル化せずに販売した方が合計金額が高いじゃないかという反論もあるかもしれませんが、実はコンパウンドスタートアップ側にもメリットがあります。複数プロダクトのバンドル提供が前提となると、単体プロダクトだけの導入より高いARPAでの販売が可能となることは当たり前ですが、そもそも顧客獲得コストが半分となるのです。estieの場合、2つ目のプロダクトである「estie 物件売買」のMRRのうち、80%もの割合が1つ目のプロダクトである「estie マーケット調査」からのクロスセルか同時導入となっています。特に同時導入が40%あることが着目すべきポイントで、今まで「estie マーケット調査」単体では導入いただけなかった顧客層にもプロダクトが受け入れていただけるようになったという効果が出てきており、1つ目プロダクトの市場自体が広がってきました。これこそがコンパウンドスタートアップの醍醐味の一つかと思います。

Parallelize Execution: 同時に全てを終わらせろ!

以上のIntegrationやBundle SKUsはある意味で、コンパウンドスタートアップにとっての理想的な事業拡張戦略のように見えます。しかし、最も重要なことは「どうやってこれを同時平行で達成するか?」という点です。結論から言うと、estieは試行錯誤の末に古典的な事業部制の改善版にたどり着いています。

コンパウンドスタートアップだからといって、事業立ち上げの難易度が簡単になるわけではありません。新規事業は千三つの世界であり、フォーカスの重要さは従来型のスタートアップの鉄則となんら変わりません。estieで重視しているのは、立ち上げに当たって重要なのは責任者の魂を込められているかどうかです。コンパウンドスタートアップか否かを問わず、ビジネスにおいては最も現場を見て顧客と話した人が一番偉いはずです。そんな事業責任者が全力で事業にフォーカスできるよう、estieでは機能軸を担当する役員が全力サポートを実施する組織形態を採用しました。CTO、CPO、営業部長などを置く事業部ボードも上手く機能しており、予算・人事権のみを取締役会(全社CxO)レベルで握り、日々の事業推進は可能な限り自立分散的に進めることを仕組み化することで、コンパウンドスタートアップ的に立ち上げる体制を整えています。

本格的にコンパウンドスタートアップ戦略を実現すべく、2023年上期に事業部制に移行して以来、2つの良い効果がすぐに発現しました。一つは事業開発やソリューション営業が事業部内にいることによるフィードバックループの高速化です。どんなプロダクトを作るべきなのか、役職の垣根なく開発に向き合うことができています。もう一つはアカウントマネージャー(他社で言うCS+α)を共通機能としたことです。コンパウンドスタートアップ戦略を遂行する上で強力な資産となっている顧客ネットワークについて、アカウントマネージャーが企業別に張り付くことにより、効果的なクロスセル提案が可能となりました。

またコンパウンドスタートアップとして複数プロダクトを有機的に立ち上げるには、説明責任の設計も重要な論点となります。各事業部は取締役会に対する説明責任を負うのに対し、本当に不確実性が大きいまたは息の長いプロジェクトについては社長直下の事業戦略室が担当します。事業戦略室では「社長以外に説明責任を負う必要が一切ない」ということを明文化しており、文字通りステークホルダーに進捗説明を求められても、社長である僕が「まあ任せてください」と一言だけ答え続けています。投資家をはじめとしたステークホルダーとの強固な信頼関係があるコンパウンドスタートアップ候補には強くオススメできる取り組みです。

最後に

ここまで色々と書いてきましたが、率直に言うとestieのコンパウンドスタートアップ戦略はまだまだ始まったばかりです。組織についても兼務者も多くスパッと分けられないこともあります。事業もこれからもたくさん試行錯誤して、たくさん失敗を繰り返すと思います。

その先に社会・経済の基盤たる商業用不動産業界の革新を果たし、「産業の真価を、さらに拓く。」未来が待っています。そしてそのときにはコンパウンドスタートアップとしてのestieは、一つ一つの事業がユニコーンを遥かに超える規模となり、そのなかで無数のリーダーが生まれていると信じています。

そんな最高のコンパウンドスタートアップを一緒に作っていただける方、ぜひご連絡をください! カジュアル面談フォーム からでも 平井 瑛 / estie(エスティ) (@EiHirai) / X に直接DMでも構いません。歴史に残る偉業を一緒に果たしましょう!M&Aも積極検討中ですので、不動産テック経営者の方はぜひご連絡ください!

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