
こんにちは。estieでプロダクトマネージャー(PM)をしている三橋です。
年始に聞いたとある話の中で、「インフレにどう適応するか」というテーマが強く印象に残りました。私は経済学者でも評論家でもないので、インフレそのものを論じるつもりはありません。ただ、マクロでもミクロでも、私たちを取り巻く経済環境が変わってきているのは事実であり、「インフレ適応」は、実はPMこそ真っ先に向き合うべきお題なのではないか、と最近強く感じています。
思い返せば、これまでの私のPMキャリアは、完全に「デフレ時代」の中にありました。価格は基本的に下がるもの。コストは抑えられるもの。そんな前提の中で、意思決定をしてきた感覚があります。
一方で最近は、人件費・外注費・開発運用コスト、そして意思決定そのものにかかるコストが、確実に上がってきています。それにもかかわらず、個々人の意識の中には、まだまだデフレマインドが強く残っているのが実態だと感じています。
そこでこのブログでは、インフレ時代にPMが意識すべきことについて、自分なりに整理してみたいと思います。今後の提案活動やプロダクトづくりを考える上で、少しでも参考になれば幸いです。
インフレ時代に変わること
インフレになると、企業活動の前提そのものが少しずつ変わっていきます。それは、提供する側にとっても、導入する側にとっても例外ではありません。まずはPMの立場で、インフレ時代に一般的なSaaS導入顧客で起きやすい変化を整理してみようと思います。
❶ 計画の前提が崩れやすくなる
人件費や各種コストが上がることで、当初立てた計画がズレやすくなります。「想定通りに進む」こと自体が、以前よりも珍しくなる可能性があります。計画を立てることの難易度そのものが上がり、前提条件を頻繁に見直す必要が出てきます。
❷ 判断ミスのコストが重くなる
インフレ環境では、判断を誤ったときのダメージも大きくなります。例えば以下のようなものです。
- 価格や条件設定を外す
- 投資判断が遅れる
デフレ期であれば吸収できていた誤差も、絶対額の拡大によって、損失や機会損失として顕在化しやすくなります。一方で、見方を変えると、意思決定の正確さだけでなく、スピードそのものの価値が高まるとも言えます。迷っている間に環境が変わる、ということが起きやすくなるからです。
❸ 顧客側の意思決定も難しくなる
インフレ環境では、導入顧客側がSaaS提供側と同じスピードで価格や条件に反映できるとは限りません。導入顧客側の関係者にデフレマインドが残っていたり、過去の成功体験や事例が判断の基準として強く意識されたりすると、環境変化を十分に織り込んだ判断がしにくくなります。
例えば、
- マクロ環境の変化を前提に置かず、過去事例との単純比較で判断してしまう
- 本来は見直すべき水準でも、「前例がない」という理由で踏み切れない
といったことが起こりやすくなります。
その結果として、
- 本来取り得たはずの導入顧客側のサービスの適切な値上げ判断ができない
- 早い段階で無難な結論に妥協してしまう
といった判断が増える可能性があります。インフレ環境では、過去の正解がそのまま使えない場面が増え、結果として、条件設計や価格判断は、これまで以上に「環境変化をどう織り込むか」が問われる領域になっていきます。
ここでPMが理解しておくべきことは、こうした判断の難しさは、顧客側の姿勢や意思決定能力の問題ではなく、環境変化そのものが意思決定の前提を揺さぶっていると理解することです。顧客側もまた、不確実性の高い状況の中で、説明責任や合意形成を抱えながら難しい判断を迫られているのです。
その前提に立ったうえでPMが考えるべきことは、「顧客はなぜ迷っているのか」「どこで判断が止まっているのか」を正しく捉え、どうすれば意思決定をサポートできるのか?という点です。単に選択肢を提示するだけでなく、判断に必要な材料を整理したり、前提条件を言語化したり、意思決定のリスクを構造的に小さくすることも、PMの重要な役割になっていきます。
インフレ時代においては、プロダクトを通じて「正解を提示する」こと以上に、顧客が納得して決断できる状態をつくることそのものが価値になると思います。顧客が置かれている難しい環境を理解したうえで、意思決定をどう支援できるのか。この問いを考え続けることが、これからのPMにより強く求められていくと感じています。
インフレ時代にPMが意識すべきこと
では、こういった状況を踏まえて、PMは何を意識すべきなのでしょうか。
❶ 価格が上がっても選ばれ続ける価値を提供する
インフレ環境では、価格や条件の見直しそのものを避けることはできません。ただしPMとして最初に向き合うべきなのは、「なぜ上がるのか」を説明することではなく、価格が上がっても選ばれ続けるだけの価値を提供できているか、という問いだと思います。
価格が上がる理由を「コスト増」で説明すること自体は重要です。人件費の上昇、開発・運用・インフラにかかる継続的な投資など、今と同水準、あるいはそれ以上の価値を出し続けるために必要な前提を言語化し、顧客に共有することが必要な場合もあります。
ただし、それは目的ではなく手段です。コストの内訳をどれだけ丁寧に説明しても、「だからこのプロダクトを使い続けたい」「この価格でも意味がある」という納得感につながらなければ、意思決定は前に進みません。
実際、価格や条件の妥当性が社内で説明しきれず、導入や更新が見送られるケースの多くは、個々の意思決定者が非合理だからではなく、「その価格でも選ぶ理由」が言語化されていないことで、稟議や合意形成の過程でデフレマインドに引き戻されてしまう、という構造的な問題だと感じています。
だからこそインフレ時代のPMに求められるのは、「このプロダクトだから得られる価値を愚直に磨き続けること」です。
価格は結果であって、価値提供の代替ではありません。価格が上がっても選ばれ続ける状態をつくることこそが、インフレ時代におけるPMの本質的な仕事だと思っています。
❷「マクロ環境を踏まえた適切な判断」をするための裏付けをつくる
インフレ環境では、本当は条件を見直したい、妥協したくないと思っていても、関係者の中にデフレマインドが少しでも残っていると、その取り組みの裏付けが弱いだけで、判断は一気に保守的になります。
ここで大事なのは、提供側が「強気な判断をしてください」と顧客に促すことではありません。顧客自身が、コストダウン以外の価値を数字で試算でき、その判断を社内で説明できる状態をつくることだと思っています。
例えば、
- 判断スピードが上がることで、どれくらい新しい機会を取りにいけるのか
- 導入によって、事業全体にどの程度のプラスのインパクトが生まれるのか
といったことを、感覚論ではなく、仮でもいいので数値に置き換えられるようにすることが大切です。
PMとして価値を出せるのは、顧客がコスト削減以外の選択肢を、現実的な意思決定のテーブルに載せられる土台を整えることです。逆に言えば、価格やコストの話にしか持ち込めないSaaSは、インフレ環境下では淘汰されていくリスクが高まっていくと思います。
選択肢を提示するのではなく、判断に必要な材料を整理して前提条件を言語化し、意思決定に伴う不安やリスクを構造的に小さくしていく。インフレ時代のPMに求められるのは、顧客が意思決定できる状態を支援することなのだと思います。
❸ 固定費モデルだけに頼らない価格設計を考え続ける
インフレが続く環境では、お金の価値は時間とともに少しずつ目減りしていきます。固定費モデルだけに依存していると、どうしても「値上げと説明」を繰り返すイタチごっこになりがちです。
だからこそ、業態によっては難しいのは承知の上ですが、環境変化に連動しうる価格設計を模索し続けること自体に意味があると思っています。
例えば、
- 取引量
- 利用規模
- 扱う金額や成果に連動する指標
など、インフレとともに自然に変動する要素にひもづけられる余地はないかを考える続けることです。「インフレ適応」という観点で見ると、お金の絶対額にまったく連動しないモデルは、本質的に弱くなりやすいとも言えます。すぐに答えが出なくても、この問いをPMが持ち続けることが重要だと思います。
最後に
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
日本は長らくデフレが前提の社会でしたが、今まさにインフレへの適応を迫られる局面に入ってきていると思います。それはestie自身も例外ではなく、試行錯誤しながらインフレ適応に取り組んでいる最中です。
今回のブログも、正直なところ、まだ明確な正解があるわけではありません。だからこそ、「こう考えている」「こんなところで悩んでいる」といった話は、人によって感じ方も違えば、意見も分かれると思っています。
もしこの記事を読んで、「もう少し突っ込んだ話を聞いてみたい/議論をしてみたい」と思っていただけたら、ぜひ一度カジュアルにお話ししましょう。