豊洲・台場のオフィス事情

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  • 2020/04/16

再開発によって誕生したタワーマンションが立ち並ぶ臨海都市である豊洲。いくつもの複合商業施設が軒を連ね、フジテレビや自由の女神像に代表される特徴的な建造物が多く立ち並ぶ、東京都内屈指の観光地である台場。行楽地や居住地というイメージが先行しがちなエリアですが、実は両者ともビジネス街としての顔も持っています。今回はそんな豊洲と台場が一体どんなビジネス街であるのかについて迫っていきたいと思います。

憧れの東京ベイエリア・豊洲は一体どんな街??

豊洲の特徴

多くの人が豊洲と聞いてまず想像するのは高層マンションの立ち並ぶ綺麗な街並みではないでしょうか。臨海部の魅力的なロケーションに加え、ららぽーと豊洲、豊洲PIT、キッザニア東京やteamLab Planets TOKYOといった商業施設や娯楽施設も充実していることも豊洲が人気を集めている理由です。一通り発展ずみのエリアのようにも思えますが、豊洲〜住吉間を結ぶ有楽町線の延伸構想をはじめとして街の開発計画まだ残っており、オリンピック後も伸び代のあるエリアと言えそうです。

ガレキ処理から工業地帯へ?豊洲の歴史

豊洲は今の姿からは想像できないような面白い歴史のある街です。元々は1923年に発生した関東大震災の影響で溢れかえった瓦礫の処理という目的で作られた埋立地でした。完成当初は「埋立五号地」と呼ばれいましたが、後にその経緯から将来の発展と豊かな土地になること祈念して豊洲という名前がつけられました。この地は長い間、東京のエネルギー生産の拠点と重工業地帯としてその役割を果たしてきました。前者に関しては、はじめに豊洲石炭埠頭が整備され、その後は東京電力や東京ガスによって埋立地が増設され、最終的には石炭、ガス、電気、鉄鋼の四種のエネルギーの生産を担う埠頭となりました。後者に関しては、工業地帯としての歴史は昭和初期に東京石川島造船所(現IHI)が近代化された造船所を開設したことに始まります。その後20世紀終盤まで様々な造船所や工場が稼働していました。

工業地帯から臨海都市へ

豊洲が現在の姿に変化することになったのは1990年代でした。豊洲センタービルの完成をきっかけに区画整理が大幅に進み始めました。これまでのエネルギー基地は軒並み移転か廃止となり、跡地は商業施設や住宅地として姿を変えていきました。また、高層オフィスの建設も同時に行われていきました。現在、東京ガスの跡地には築地市場が移転し、豊洲市場が建設されています。また、IHIの造船所の跡地にはららぽーと豊洲が建設されています。街中にはかつての工場ので使われていた機材のオブジェなどが飾られており、その歴史を感じ取ることができます。

まだまだ課題を抱える臨海都市のオフィス事情の動向は?

きらびやかなイメージとは裏腹に渦中にある豊洲

上記で紹介してきたように豊洲は生粋の工業地帯から現代型の臨海都市へと変貌を遂げてきたわけですが、まだまだ光と闇が見え隠れする未完成の街と言わざるを得ません。

記憶に新しい豊洲市場移転問題も報道こそされなくなりましたが、当初想定されていた理想とは程遠くまだまだ課題が山積みであると言われています。また、最近ではコロナウイルスの影響で東京オリンピックの延期が決定するという異例の事態が発生しました。これにより、選手村等で東京オリンピック運営上重要な地域である豊洲もその対応に追われることとなってしまいました。これらの課題がクリアできるかによってこの街の真価が問われると言えるでしょう。

豊洲のオフィス事情

豊洲は街の再開発とともにオフィス街としても発展してきました。代表的な例をあげると、豊洲のルーツを形成してきたとも言えるIHIの本社である豊洲IHIビル、NTTデータ本社と住友ゴム工業本社が入居する豊洲の区画整理のきっかけになった豊洲センタービル・豊洲センタービルアネックス、アスクル本社が入居する豊洲キュービックガーデン、マルハニチロ本社、SCSK本社が入居する豊洲フロントなど日本を代表する名だたる大企業がその名を連ねています。

現在でも大小様々なオフィスが建設されています。特に昨今で最も話題なのは「豊洲ベイサイドクロス」です。敷地面積およそ28000㎡という広大な敷地に3つのビルが建設されました。内二棟にはオフィスフロアが多く設けられているため、これだけでも豊洲のオフィスの供給がかなり増加することがわかります。このような事象から判断するに豊洲のオフィス需要は右肩上がりとなっているようですが、オリンピック後にその勢いがどうなるか、決して良いとは言えない立地をカバーする交通網の発達をしていけるか等の要因が将来的な豊洲のオフィス街としての価値を左右すると予想します。

街がまるで巨大なアミューズメント施設?異質なオフィス街としての台場とは?

台場の特徴

冒頭でも紹介した通り台場エリアといえば、商業施設はもちろんのことながら、室内型遊園地、ミュージアム、温泉、公園となんでもござれの生粋の観光地ですよね。また時期によってはフェスやイベントも定期的に開催されていたりとそのコンテンツ力の高さは他エリアの追随を許さないものがあります。皆さんの中にも遊びに訪れたことがある人も多いのではないでしょうか?

一帯が国を守る武器!台場の歴史

台場の歴史は江戸時代にまで遡ります。かの有名なペリー艦隊の来航に江戸幕府は非常に強い警戒感を示し、品川沖に海上砲台の建設を行いました。ペリー初来航の翌年の二度目の来航までには砲台の一部は完成し、品川台場と呼ばれました。この砲台のおかげで二度目のペリー艦隊の来航は江戸ではなく横浜港に引き返したのちに上陸することとなりました。台場をお台場と呼ぶのは、当時幕府に対する敬意を表して御台場としょうしていたことが由来となっています。のちに台場の土地は明治時代に徐々に払い下げられていきました。大正時代には豊洲と同じように造船所が建設され、重工業を支える地域の一端を担いました。それから長い時間を経て、現在の台場の姿が誕生したのは平成に入ってからでした。1990年代後半に東京都が東京臨海副都心としての開発を決定して以来、次々と商業施設や企業の誘致が行われ開発が進みました。2007年には開発が完了し、現在の姿になっています。

観光地としては一流。オフィス街としての先行きは、、、?台場のオフィス事情

台場のオフィス事情

台場の街を歩いてみると多くの高層ビルのオフィスに出会うことができます。もちろん日本経済を支える大企業もオフィスを構えていたりします。その一部を紹介すると、言わずと知れた台場を象徴するオフィスを持つフジテレビ、日本の飲料メーカーの雄であるサントリー、日本のディスプレイ業界の二大企業の一端を担う乃村工藝社などがあります。多くの企業は自社のビルではなく賃貸オフィスに入居しており、基本的には空室は少ない状況のようです。しかしながら、電車でのアクセスはりんかい線とゆりかもめというやや利便性に欠けるものとなっており、豊洲と同様の悩みを抱えています。その関係か、平均的な賃料は都内主要部よりは安価であり、安いオフィスを求める企業からの需要で成り立っているという側面があることも否めません。また意外にも住居もいくらか見受けられますが、そのアクセスの不便さ故に職住近接を実現しているビジネスマンはあまり多くないです。今後、賃料以外の点で企業を誘致できる魅力や必要性を生み出していけるかどうかが、台場のオフィス街としての明暗を分けることになりそうです。

おわりに

いかがだったでしょうか?東京の二大臨海副都心である豊洲と台場のオフィス事情はこれからが正念場といったところでしょう。遊びや観光が目的で訪れることが多い街にも意外にもオフィス街は広がっているものです。そんなことを頭の片隅に置きながら街を歩いてみるといつもの街とは違った景色が見えてくるかもしれませんね。


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