新橋・汐留のオフィス事情

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  • 2020/03/19

SL広場でお馴染み、昔からサラリーマンの街として知られている東京屈指のオフィス街である新橋、再開発でグルメやレジャーと多方面で地名度をあげたオフィス街である汐留。両者は隣接するオフィス街であり、似ているようなところもありながら、それぞれ独自の特徴と面白みを兼ね備えています。今回はそんな新橋と汐留のオフィス事情についてまとめていきたいと思います。

なぜ新橋はサラリーマンの街と言われるのか?新橋の歴史を紐解く

まずは新橋についてみていきましょう!新橋は昔からサラリーマンの街として多くの人々に認知されており、ニュースを見ているとSL広場での街頭インタビューを目にすることも多いですよね。

しかし、何をもってして新橋がそのようなブランドイメージがついたのか疑問に思う方も多いかもしれません。正直なところ、大手町や六本木など近隣にもサラリーマンの街と呼ばれてもおかしくないような東京屈指のオフィス街は点在しています。それでもなお、新橋のイメージが崩れないのは何故なのでしょうか。その糸口は新橋の歴史を遡ると見えて来るかもしれません。

もともとはサラリーマンの街ではなく鉄道の街??新橋の意外な歴史

新橋の由来はかつて汐留川(新橋川)に架かっていた東海道の橋である「新橋」から来ています。実際に正式に町名として新橋という名前が用いられるのは関東大震災後に行われた町名整理が最初とされています。新橋は19世紀後半に日本初の鉄道が開通した地であり、その後も日本初の馬車駅が作られた地でもあります。

駅前のSLも鉄道開業100周年を記念して設置されたものであり、鉄道の街を象徴するものと言えますね。

新橋はいかにしてサラリーマンの街になったのか

鉄道の歴史と新橋の歴史は共にあったわけですが、それだけでは、まだサラリーマンの街としての新橋が見えてきません。

次は街の発展の歴史に焦点を当てていきます。

明治時代に鉄道の建設が行われていた時に、狸の巣と三匹の狸が発見されました。鉄道の作業員はその狸たちのために小屋を作ってあげました。この小屋から狸たちが巣立った後、今度はそこに人々が集まってお酒を楽しむようになりました。このことをきっかけにその近辺には多くの飲食店が軒を連ねるようになり、「狸小路」という名前がつけられました。今では狸小路はなくなってしまいましたが、これが有名な新橋ガード下を代表とする繁華街のルーツと言われています。

また、戦争が始まると空襲対策で建物疎開が行われたことで一時は街としての活気を失いました。しかし、戦後には駅周辺にできた闇市から復興していき、戦前の飲屋街を中心に次第にオフィスや様々なお店が密集する地になっていきました。

このような経緯で比較歴古くから働く人々の憩いの場としての機能を担う街であったことがサラリーマンの街として広く認知され、そのイメージが強まった理由なのだと考えられます。新橋には未だに古い雑居ビルのオフィスが多いこと、流行に左右されず、昔ながらの飲屋街が現存していることもそれを象徴しています。

新橋は"昭和な"オフィス街を脱却できか、、、??新橋の再開発事情

前述では新橋が古くからサラリーマンの街として認知されるに至った経緯を見てきました。後述する汐留エリアを除くと、新橋は昔ながらの雑居ビルが多いイメージがあるのではないでしょうか。

昨今、都内では様々なオフィス街の再開発事業が進んでおりますし、新橋と連なる品川と有楽町では再開発計画が着々と進行しています。では、新橋の再開発計画はどうなっているのでしょうか。

有楽町のオフィス事情

時に港区・中央区と合わせて「都心三区」とも呼ばれることもある、日本国内屈指のビジネス街である千代田区。その中でも特にビジネス街として強い存在感を放つのが「大手町・丸の内・有楽町」エリアです。

新橋東口の再開発事情

新橋の東口と言えば、SL広場の反対側であり、ゆりかもめの乗り換え場所が位置しています。あまり行ったことがない人にはイメージが付きにくい方面かもしれませんね。

2020年2月現在、具体的な再開発計画は公表されてはいませんが、「新橋駅東口再開発協議会」が設立されています。再開発の対象地域としては新橋駅、外堀通りと第一京浜に囲まれた三角形の地域とされています。

新橋駅西口の再開発事情

西口側はというと、2016年3月に「新橋駅西口地区市街地再開発準備組合」が設立されています。事業を請け負うデベロッパーはNTT都市開発と野村不動産となっており、東口より明確に先のフェーズに進んでいるようです。計画はSL広場やニュー新橋ビルなどを含むエリアが予定されていますが、実際には利権者の合意形成に時間がかかっているそうです。

日比谷OKUROJIで高架下が生まれ変わる

前述のどちらの計画も実現はまだ先の話にはなりそうですが、唯一進行している再開発事業があります。それが「日比谷OKUROJI」です。これは有楽町〜新橋間内山下町橋高架下に商業施設を建設する計画です。オフィスと商業施設が併設されるタイプのの再開発事業ではありませんが、新橋駅周辺エリアの再開発を後押しする要素の一つになる可能性は十分あると言えます。 結論としては、新橋の再開発が形になるのは少し先のことになりそうです。

巨大複合都市・汐留の歴史

続いては汐留について見ていきましょう。汐留と言えば日本有数の大企業が本社を構える大規模なビジネス街が思い浮かぶことかと思います。実は町の名前としての汐留というものは存在しません。汐留と呼ばれる地域を行政地名で表すと、東新橋の大部分と海岸一丁目となります。現在は巨大複合都市「汐留シオサイト」のことを指すことが一般的なようです。そんな汐留が現在の様相を呈するまでにはどんな歴史があったのでしょうか。

元祖新橋駅?重要運送拠点・汐留の歴史

汐留はかつては東京湾に隣接する湿地帯でした。江戸時代に幕府の命令によって埋め立てが行われ、城下町が建設されました。そのうち商人が屋敷を構えるようになり、周辺には武家屋敷も並ぶようになっていきました。汐留という名前は江戸城の外堀に潮が及ばないように海と堀を隔てる堰があり、潮溜まりとなっていたことに由来しています。

前述で新橋駅に日本初の鉄道が開業したと記載しましたが、ここでいう新橋駅は現在の新橋駅ではなく、現在の汐留駅に相当します。1914年に東京駅が開業したタイミングで烏森駅が新橋駅(これが現新橋駅)に改名したことで汐留貨物駅と名前を変えることとなりました。以降は旅客駅としての機能は失われ、貨物駅としての役割を担いました。1986年の廃止まで汐留は貨物ターミナルとして栄えました。その後はしばらくの間空き地と化していましたが、1995年に再開発事業が開始しました。それから10年余りの時を経て、現在の汐留シオサイトに至ります。

ベイエリアに佇む摩天楼は一体どんなオフィス街?

汐留は一昔前の昭和感を醸し出す新橋駅周辺エリアとは対照的に高層ビルが立ち並ぶ近代的なオフィス街になっています。いわゆる汐留を意味する汐留シオサイトとはどのようなものかを解説していきます。

汐留シオサイトの全貌

汐留シオサイトは当時は日本最大級の再開発プロジェクトとして官民協働で取り組まれたものでした。1区〜5区まで別れていてそれぞれの区に特徴があります。

1区

1区はA街区、B街区、C街区の3つから構成されます。A街区には日本最大の広告代理店電通の本社ビルと近年冬になるとイルミネーションで特に賑わうカレッタ汐留があります。B街区には富士通やANAを始めとした日本有数の企業が入居する複合施設汐留シティセンターとパナソニックの東京本社ビルがそびえ立ちます。C街区には日本テレビタワーと資生堂が本社機能を構える汐留タワーがあります。A地区は汐留を最もイメージしやすいエリアなのではないでしょうか。

2区

2区はD北1街区、D北2街区、D北3街区、E街区の4つの街区で構成されます。ソフトバンク本社が入居する東京汐留ビルディング、有名企業の子会社など様々な企業が入居する汐留シオサイトの中心に位置する汐留住友ビルや共同通信社の本社ビルなどオフィス中心のエリアです。

3区

3区はD南街区、H街区、イタリア公園で構成されます。8社のデベロッパーによる高層マンションの東京ツインパーク、都市基盤整備公団が建設した高層マンションのアクティ汐留と「住」に重きが置かれたエリア構成になっています。またイタリア公園という、日本とイタリアの友好の証としてイタリアから寄贈された公園も特徴的です。まさにオフィス街のオアシスと言えますね。

4区

4区はⅠ-1街区、Ⅰ-2街区で構成されます。前者には交通と情報のクロスポイントとしてのビジネス拠点を掲げた汐留芝離宮ビルディングが、後者には高品質マンションのスカイグランデ汐留と複合施設の汐留ビルディングが軒を連ねています。

5区

最後の5区はイタリア街というイタリアの町並みをイメージした街並みが広がっています。機能は他地区と遜色ありませんが、デザインの点で一線を画しています。 このように汐留シオサイトは一つの巨大な街ということがお分りいただけましたでしょうか。オフィス街という観点では、いくつもの複合施設、居住地域の近さ、抜群の交通アクセスと理想的な空間のように思えます。成熟産業の企業が多く集積しているのが特徴です。

おわりに

新橋と汐留は隣接しているエリアですが、非常に対照的なオフィス街であることがお分りいただけましたでしょうか。昨今、オフィス需要の増加やオフィスの老朽化により再開発が盛んに行われている一方で、意外にも新橋のような再開発がなかなか進まないエリアもあるようです。単に街をリノベーションするだけではなく、新橋であればサラリーマンの街というブランドを生か酢ような、その街の風土に合わせた再開発事業がなされることを期待したいですね。

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