飯田橋・九段下のオフィス事情

  • 千代田区
  • エリア別のオフィス事情
  • 2020/04/07

estieのコラムではこれまで大手町から始まり、丸の内や虎ノ門、霞が関といった皇居を取り囲んでいる千代田区エリアのオフィスマーケットや、それぞれの今後の動向などについて解説をしてきましたが、その解説も皇居周りをぐるっと半周し、今回は飯田橋・九段下エリアのオフィス事情・今後の動向についての解説です。

丸の内のオフィス事情

日本を代表する企業が数多く名を連ねる名実ともに日本一のオフィス街である丸の内。今回はそんな丸の内エリアに迫っていきたいと思います。

霞が関・虎ノ門のオフィス事情

2020年東京オリンピックの開催を目前に、大規模な再開発計画があちこちで竣工を迎え、空室率や賃料水準の推移をみてもその好調ぶりが目に見える都心のオフィス事情ですが、その中でも伝統の長いオフィスエリアが今回解説をしていく「霞が関・虎ノ門」エリアです。


解説を続けてきた千代田区はエリアとして地下鉄・JRの乗り入れ本数が非常に多いうえに、行政系機能、士業、財閥系企業、銀行などの機能が一同に集まる国内オフィスマーケットでもいわゆる「超一等地」です。

最近のニュースではIT系企業の賃料負担力の向上による渋谷区の賃料高騰があり、エリア別の賃料相場ランキングでは実に数十年ぶりにトップから陥落をしましたが、その平均賃料は約40,000円~42,000円、場所によっては50,000円台でゆうに成約をする物件も複数存在するエリアです。

そんなオフィスエリア界の「ハイスぺ」的存在の千代田区ですが、その利便性やブランドを享受するために付け入るスキはないのでしょうか?

実は、今回解説をする飯田橋・九段下エリアは、そんな千代田区内にありながらもまだそこまで昨今のオフィス賃料高騰の影響を強く受けておらず、比較的リーズナブルなコストで入居できることが非常に魅力的なエリアです。

本記事ではそんな飯田橋・九段下エリアのオフィス事情とマーケットの今後を、そのエリアの利便性などと共に解説していきたいと思います。

学業が息づく町 飯田橋の歴史

神楽坂駅から神楽坂通を東に向かって下ると、神田川が見えてきた辺りで川の向こう側に三井不動産が開発を手掛けた大規模オフィスビル「飯田橋グラン・ブルーム」が目に入ってきます。

その左手に見えるのが東京メトロ飯田橋駅ですが、飯田橋には現在東京メトロ南北線、東西線、有楽町線、都営地下鉄大江戸線、加えてJR中央・総武線の計路5線が乗り入れており、その利便性は大手町駅や有楽町駅などにも負けず劣らずです。

そんな飯田橋はかつて皇居を取り巻く丸の内や有楽町、虎ノ門と同様に武家屋敷が立ち並ぶ街でありましたが、近代化日本での飯田橋のイメージを定着させるきっかけとなったのが明治24年の育英黌農業科の開校でした。現在の東京農業大学の前身です。もともと現在の日本大学の前身となった日本法律学校があったこともあり、明治時代を境に飯田橋周辺にはその後も国学院大学や東京女子医科大学が開校し、学業の町としてのイメージが確立されていきました。

その後昭和に入ると、第二次世界大戦で一度街の姿が失われてしまいます。戦後復興からは、現在の千代田区の他のエリアとは違い、長らく広い小原の状態が続き、明治政府の主導で農耕政策などがとり行われていました。しかし、その農耕政策も人手が足りずくすぶっていた状況が続いており、近代化が推し進められていた千代田区エリアの中ではながらく浮いた状態が続いていましたが、他のエリアにやや遅れをとる形としてオフィス街として徐々に発達。かつての名残で現在も周辺に明治大学をはじめとし複数の大学が存在し、多くの学徒が勉学に励む地であったことから、印刷業や出版業、古本業などの企業が多く集まり、その流れは現在にも受け継がれています。

由緒正しい九段下の歴史

九段下の地名は、市ヶ谷方面へ延びる靖国通りの坂「九段坂」に由来しています。江戸時代、幕府は仕える役人や武家のための屋敷を造りましたが、ここ九段下は坂の勾配がきつく、石垣を9段も築いたことから「九段坂」と呼ばれるようになったといわれています。

現在「九段」の町名はなくなっていますが、靖国通りを境に「九段北」と「九段南」という地名に名残を残しており、また、「九段下駅」の駅名は九段坂の下に位置することから名付けられました。急傾斜であったこの地は、江戸の街の中でも顕著な下町と山の手の境界であり、坂上からの展望が絶景であることから名所としても知られていました。

九段下を象徴するものと言えば「日本武道館」や「九段屋敷」、「靖国神社」などですが、その歴史的な背景から日本の指定重要文化財などの登録を受けている文化資産が多く残るエリアです。中でも象徴的なのが靖国神社ですが、幕末から明治維新にかけて活躍した功労者や、戦争などにより殉職した戦没者を英霊として祀っています。靖国神社は明治天皇により建立されましたが、その建設には平和な国家の建設という願いが込められており、ビジネスがというイメージが先にくる千代田区の中では由緒正しい日本の歴史を感じることのできるエリアです。

とはいえ市ヶ谷、飯田橋、神保町というオフィス街に囲まれるように立地している九段下は、戦後の復興期からオフィスの街としての需要が高まり、現在は中規模のオフィスを中心に昼はオフィスワーカーでにぎわう街となっています。オフィス街と北の丸公園などの閑静なエリアが混在するこの九段下は、オフィス需要もさることながら、その穏やかな雰囲気から元来住宅エリアとしての需要も非常に高く、ある種二面性を持ったエリアともいえるかもしれませんね。

飯田橋・九段下のオフィス事情と今後の動向

上記の通り繁華街としてではなく、政(まつりごと)や学業といった非常に奥ゆかしい歴史的背景のもと発達し現在の姿となった飯田橋・九段下ですが、現在のオフィス街としての現状や今後の街の展望はどうなっていくのでしょうか。

この飯田橋・九段下エリアのオフィスの現在の特徴として一つ言えるのが、大規模な再開発の竣工が少なく、ランドマーク的ビルの存在がないことでしょう。駅を降りて周りを見渡すと、ほとんどがやや築古の中規模オフィスであり、大規模なオフィス床供給が可能な高層オフィスビルはあまり目に付かない状況となっています。

冒頭で触れたように、賃料相場は千代田区の平均値に比べるとかなり廉価であると言えます。地下鉄・JRで計5路線の乗り入れがあり、東京周辺の県からもアクセスが容易なうえ、周辺には生活利便機能が多く存在するにもかかわらず、これまで飯田橋・九段下エリアはオフィス街としてのポテンシャルを最大限に発揮できていなかったとも言えます。

また、現在の飯田橋・九段下のオフィスマーケットの特徴として挙げられるのは、他物件・他エリアの賃料が高騰したがために賃料を支払えなくなった企業の多くが、飯田橋・九段下エリアを移転候補先として選択するケースが多いということです。

そのため、廉価な賃料目線の割に、空室率は2018年から2%を切り、現在は1%後半で推移している状況です。一足早く竣工を迎えている新築ビルも、多くの物件が竣工前後の外部募集前に満室となるケースが多く、そのオフィス需要の旺盛さは目を見張るものがあるように思えます。このように築古の中規模ビルが多く存在するエリアはこの飯田橋・九段下エリア以外にも多く存在しますが、都内を見渡してもこの2エリアと同等の利便性を担保しながら同等の賃料目線で入居可能なエリアはそう多くはありません。

そんな千代田区の穴場的立ち位置のオフィス街である飯田橋・九段下ですが、マクロな観点で言えば空室率はここ数年右肩下がりで落ちており、オフィスマーケットの中でも2エリアのオフィス街としてのポテンシャルが徐々に認知されてきているように見えます。

特に三井不動産は近年でも同エリアに「飯田橋グランブルーム」の大型再開発でオフィス床を大量の供給しており、多くの有名企業を誘致しています。住宅棟である「パークコート千代田富士見ザタワー」も近隣に存在し、上記で述べた当エリアの一つの魅力である「職住近接」というニーズも救い上げています。

今後も周辺エリアでさらなる再開発が予定されており、飯田橋・九段下の職務環境はより向上していくと予想することができ、まさに現在は周辺でオフィスを探せている方は可能であれば賃料相場が高騰する前に物件を見つけてしまい、高いコストパフォーマンスで利便性の高いオフィスに入居できるという最大のメリットを享受すべきタイミングといえますね。


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