
はじめに:進化するSaaSの役割
こんにちは、estie プロダクトマネージャーの齋藤 @shisaitoです。 今回のテーマは「Horizontal SaaSとVertical SaaS」について考えます。
このブログはPM Blog Weekの連載企画です。前回の記事は Vertical SaaS だからこそ実現できるプロダクト開発の醍醐味 - estie inside blog でした。
toB向けのSaaSプロダクトは、この数年で普及し、業務上、必要不可欠なツールになっています。
例えば、営業ツールといえばSalesforce、社内コミュニケーションはSlack、ドキュメント管理はNotion、経理会計はマネーフォワード/freee、人事労務はSmartHRなどです。これらのツールは、Horizontal SaaSと分類され、どの会社でも共通する職能・仕事を効率化し、業務の生産性向上を大きく進めてきました。
Horizontal SaaSの価値
Horizontal SaaSは、幅広い業種・業界で使われるため、汎用的な機能と優れたUI/UXで、多くの企業が短期間で導入し、成果を得られています。Horizontalの価値は「導入しやすさ」と「広がりやすさ」にあります。DXの入口をつくり、日本企業全体のデジタルリテラシーを底上げした功績は非常に大きいものです。
しかし今、多くの企業が次の課題に直面しています。
「効率化はできたけど、余った時間で何をするのか。その先にどんな価値を生み出すのか」
目の前の業務がどれだけスムーズになっても、仕事が少し楽になっただけで、本来の業務内容や業務の流れは大きく変化していません。つまり、Horizontal SaaSは手間を減らすことで、生産性向上やコスト削減には寄与しやすいですが、売上に直結するような機能は少ないため、ROI(費用対効果)の説明が難しいのも事実です。
Vertical SaaSの価値
一方、Vertical SaaSは、業務プロセスや文脈(コンテキスト)など必要なドメイン知識を前提に、ソフトウェアが提供されています。いわば業界特化したプロ向けツールです。例えば、建設はANDPAD。医療はカケハシ。製造はCADDi、不動産はestieなど業界に特化したプロダクトを提供しています。
Vertical SaaSの特徴は、ユーザも開発者も、業界特有の文脈(コンテキスト)を共通言語にしてプロダクトに向き合っていることです。Horizontal SaaSでは、業務の共通化や効率化を目的とすることが多く、業界毎の商習慣や個別の業務プロセスまで踏み込みづらいのに対して、Vertical SaaSは、現場の実務や商習慣、専門的な意思決定まで、文脈を理解して踏み込んでいきます。
この業界特有の文脈に深く入り込むことによって、これまでの汎用的なSaaSでは適応できなかった本質的な課題に向き合い、新しい価値や流れを生み出すことにつながっています。
Horizontal SaaSとVertical SaaSは対立ではなく補完関係
Horizontal SaaSとVertical SaaSは、目的と得意領域が異なるため、分けて考える必要があります。主な違いを整理してみると、以下のイメージです。(個人的に主観整理したものなので、どちらも当てはまったり、言い切れないものもあります)
| 比較項目(例) | Horizontal SaaS | Vertical SaaS |
|---|---|---|
| 主な目的 | 社内業務の標準化、効率化を通じたコスト削減、生産性向上 | 業界特有の課題解決、業務変革を通じた売上拡大 |
| 得意領域 | 汎用的な共通業務、バックオフィス業務 | 専門業務、横断した業務領域 |
| 業界のカバー範囲 | 高い(複数業界に展開可能) | 低い(業界特化の設計) |
| 現場の導入難易度 | 低い(簡単、短期間で定着可能) | 高い(専門的、導入支援が必要) |
| 営業手法 | ソフトタッチ | ハイタッチ |
| 単価 | ゼロ〜中 | 中〜高 |
| 強み | 汎用性、導入スピード、広がりやすさ | 深い業界理解、構造変革力 |
| 弱点 | 業界特有の文脈対応、カスタマイズ | 汎用性、展開スピード |
どちらのSaaSを導入しても、結局、企業は利益を生み出さなければなりません。利益を生み出すためには、業務変革を通じて、売上を伸ばすか、コストを削減するかのどちらかです。
Horizontalが共通化による社内の生産性改善やコスト削減を担っているとすれば、Verticalは、より本質的な課題に向き合い、業務そのものを最適化し、売上拡大や新しい価値を作り出す役割を担っているのではないでしょうか。もちろん、どちらの役割も担う場合もあります。
Vertical SaaSの次の進化
Vertical SaaSは、業界特有の文脈をもとに、業務プロセスの最適化や構造的課題の解決を進めてきました。ここにAIが組み込まれていくことで、Vertical SaaSはさらに進化します。
AIを活用していくとともに、学習サイクルが回ることで、AIのアウトプット精度が改善され、人間の意思決定も加速していきます。また、業界によってはデジタル化されていないアナログデータが大量に存在しているため、デジタル化を進めるとともに、時系列データとして蓄積し、人間による意味付けを加えて、データの整理・統合していくことで、AIがさらなる価値を発揮できる状態になります。やがて、業界全体の動きを予測することもできるようになり、これまで人間の経験や勘に頼っていた意思決定が、誰でもできるようになっていくでしょう。このように蓄積されたデータこそが強みになっていきます。
業界に深く入り込み、ドメイン、プロセスを理解した上で、高品質に蓄積されたデータこそが、Vertical SaaS x AI時代の真の競争優位です。AIを活かす力は、どれだけ多くの業界特有の文脈を含んだデータを扱えるかにかかっています。
最後に
Vertical SaaS x AIの進化は、単に業務効率化ではなく、業界構造そのものをソフトウェアによって変えていくことにあります。
不動産業界は、バリューチェーンが広く、個別の領域において特有の知識が求められ、多様なプレイヤーが関わる巨大な産業です。だからこそ、ソフトウェアを通じて、分断されたプロセスやデータを滑らかにし、業界全体をアップデートしていくことに面白さがあります。estieは、その変化の一端を担う存在として、プロセス・データ・AIを統合し、産業の真価をさらに拓く取り組みを続けています。
AI活用はまだ始まったばかりですが、この変化を生み出すことがVertical SaaS x AIに求められています。
参考資料
- シバタナオキが断言「バーティカルAI一点張りで行け」注目すべき市場はここだ! by ALL AI PODCAST
- マルチバーティカル戦略で世の中をシンプルに──メディカルフォースが目指す“誰も取り残さないDX”|メディカルフォース公式note
- バーティカルSaaSの進化とその先にあるもの|Yuichiro.ito@Finatext(フィナテキスト)
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